ユニフォーム全品向け送料無料
ユニフォーム激安通販

ロサンゼルス・ドジャース

 

ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles Dodgers、略称:LAD)は、アメリカMLB、ナショナルリーグ西地区所属のプロ野球チーム。本拠地はカリフォルニア州ロサンゼルスにあるドジャー・スタジアム。


チーム名の由来

ニューヨークのブルックリン地区に本拠地を置いていた時代に、路面電車が極めて多かったブルックリンの住人の呼び名「路面電車をよける(dodge)人たち」を表す「トローリー・ドジャース」から名付けられたといわれている。


チームの概要

創設は1884年。1947年にアフリカ系アメリカ人として初のメジャーリーガーであるジャッキー・ロビンソンがデビュー、1995年には史上2番目の日本人メジャーリーガーである野茂英雄がデビューした球団として知られる。創設以来、ニューヨーク(ブルックリン区)を本拠地としていたが、1958年に現在のロサンゼルスに本拠地を移した。同年にはニューヨーク・ジャイアンツも同じく西海岸のサンフランシスコに本拠地を移し、サンフランシスコ・ジャイアンツと名乗っている。

リーグ優勝21回はジャイアンツに次ぐナショナルリーグ2位(MLB全体ではニューヨーク・ヤンキースが1位)、ワールドシリーズ優勝は6回を数える。ワールドシリーズ初優勝を遂げる1955年までに10回のリーグ優勝をしているが、ワールドシリーズではことごとく敗れ続けた。特に当時本拠地を同じとしていたヤンキースとの対戦が多く、1955年に6回目の挑戦で初めてヤンキースを破っている。ロサンゼルス移転後のワールドシリーズ優勝は、ロビンソンが活躍した1950年代、ロサンゼルスに本拠地を移した後サンディ・コーファックス、ドン・サットンら名投手が在籍した1960年代、ウォルター・オルストンの後を継ぎ、20年に渡って監督を務めたトミー・ラソーダの下、1980年代に各2回ずつ成し遂げている。

冒頭にもあったように、ジャイアンツとは前身のニューヨーク時代からの宿敵と言える関係で、現在に至るまで激しい優勝争いを繰り広げている。通算の対戦成績ではほぼ五分だが、ワールドシリーズに関して言えば、1958年に共に西海岸に移転してからは、ジャイアンツが2度しか制覇していないのに対して、ドジャースは5度も達成している。しかし21世紀に入ってからはジャイアンツが3度進出している一方で、ドジャースは1988年の優勝を最後に進出すらない(NLCS進出も1989年以降では2度のみ)。両チームの対戦は、「ニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックス」及び「セントルイス・カージナルス対シカゴ・カブス」と並ぶMLB屈指の人気カードである。

他人種、他地域からの選手の発掘、西海岸への本拠地の移転など、他の球団に先駆けた改革を行い、大きな成功を収めた。これらは長年オーナーを務めたウォルター・オマリー、ピーター・オマリーらオマリー一族の影響が大きく、ドジャースは「働きやすい全米企業ベスト100」に何度も名を連ねるなど、球団経営の質を高めた(その後FOXグループに売却)。

2009年にMLB3球団目となる通算10000勝に到達した。

現在本拠地とするドジャー・スタジアム周辺がユダヤ系アメリカ人の多い土地柄で、ユダヤ系アメリカ人選手を好んで獲得する傾向がある。伝統的に名投手を多く擁してきており、初代サイヤング賞受賞者であるドン・ニューカム以来、今日に至るまで、最多の延べ10回(8人)受賞者を出している。スモールボール(スモールベースボール)のパイオニア的存在で、日本のプロ野球にも大きな影響を与えた。日本人選手では野茂をはじめ、石井一久、木田優夫、中村紀洋、斎藤隆らが在籍した。2008年からは黒田博樹が在籍していた。

2011年4月、アメリカMLBのコミッショナーであるバド・セリグは、経営状態悪化の懸念から球団を監視下に置いたドジャースの管理責任者にジョン・トーマス・シーファー(前駐日大使)を選任したが、現オーナーのフランク・マッコートは、「送り込まれた誰かがドジャースを奪うことは明らかに間違っている」と異を唱えている。翌2012年3月、投資グループのグッゲンハイム・ベースボール・マネジメントへの売却が発表された。同投資グループは、NBAの選手だったマジック・ジョンソンが名を連ねている。

2012年シーズン終了時点で、優勝決定プレイオフ進出回数が30球団の中で最多である。ナショナルリーグが同率1位の際に2戦先取制のプレーオフを実施していた時代、ドジャースは実施された4回すべてに出場しており、ワンゲームプレーオフ移行後も合わせると計5回出場している。

 
 
 
 
 
 
 
ロード中...